「お母さん、オムツ袋でお持ちになっていいですよ」の惨めさ
息子は公立の認可保育園に通っています。保育園にもよるのかもしれませんが、我が子が通っている保育園は持ち物管理にうるさく、着替えも含めて基本的に毎日全て持ち帰りで、翌日また持って登園しないとならないというシステムであり、親としては負担を感じていました。
しかし、息子以外の同級生は全員安定してオムツが外れたようで、おしっこもうんちも全く自分の意思を伝えず、全てオムツの中で済ませていた息子に対して「特別ですから」ということで対応いただくことになりました。このような配慮はありがたいこととはいえ、定型発達のお子さんとの差を嫌でも感じさせられる出来事であり、ズシンと胸に響きます。
息子はすでに4歳。定型発達のお子さんであれば当然オムツは外れている年齢です。幼児通信教育教材では、1年以上前の2-3才の夏に合わせておむつ外しの特集が組まれていました。当時は、いかに発達が遅れているとはいえ、もしかして言葉やお勉強と違って身体を使うことだから出来るかも?まずはやってみることが大切と、気楽に考えていました。しかしその日以来、我が家は、ありとあらゆる方法を試し、そして失敗してきたのです。
まずは様々なトイレトレーニンググッズを見せる
モデリング
この年齢の子供の知育グッズはトイレトレーニングを後押しするものがいっぱい。画面の中のキャラクター達も揃ってトイレに座っています。息子にそれらの動画を見せ、また次に私や夫がトイレをしているところを見せる、モデリングを行いました。息子は大人しく黙って見てくれるものの、あまり興味はなさそうでした。
トイレに座ってみよう、怖くないよ
スモールステップと強化子
しかし、実際に「トイレに座ってみよう」と言い、子供用便座に座らせようとすると、泣いて嫌がり逃げ出そうとします。ここで脱走を許すと、泣くことを強化してしまいます。
そもそも新しい事や場所には極端に拒否反応を示す息子ですから、最初は無理矢理にでも座らせてトイレが怖い場所ではないと知らせる必要があると考え、無理矢理にでも座らせることにしました。
まずはトイレの恐怖心を取ることが目的ですから、おしっこは出さなくてもいい、5分座れたら、沢山褒めて、シールを貼らせてあげて、アイスを一欠片あげるというルールにしましました。しかしシールが壁いっぱいに溜まっても泣き止むそぶりはありませんでした。
もしかして閉所恐怖症?おまるで広い場所でしてみよう。
環境調整
パニックになる程ではありませんが、息子はトンネルや押入れに入ることを嫌がることがあります。
もしかしてトイレの部屋が怖いのではないか?と仮説を立てました。我が家のトイレは暗くはないですが、普通の家庭用のサイズですのでまあまあ狭いとはいえます。
そこでトイレ本体に補助便座をつけて座らせるのではなく、おまるを買い、リビングに置いて使用することにしました。しかしこれもダメで、無理やり座らせてもずっと泣いている状態でした。
朝一番なら貯まってるでしょ?
環境調整
この頃から膀胱が成熟したのか朝起きた時オムツが濡れていない状態が続くようになりました。
朝一番はおしっこが一番溜まっている筈です。そこで朝一番におまるに座らせることにしました。しかし、頑なに出しません。
おしっこしたら朝ごはんのパンに本人の好きな生クリームをつけてあげる、と伝え、実際に出さないと与えないというルールを徹底しても出すことはなく、後ほど大人の注目がない時に出しているようでした。
不快になったら自分で嫌がってするようになるかな?
トレーニングオムツ:弱化
今時のおむつは非常に高性能で1回や2回おしっこしても平気な顔で過ごしています。そこで、おしっこしても快適な状態が続くからトイレでおしっこするモチベーションが湧かないのではないか、と考えました。
トレーニングオムツを使用し、排尿してそれが不快であればおしっこをオムツでするという行動の罰として機能するはずです。
しかし、本人は不快感を感じていないのか素知らぬ顔で過ごしていました。
もう何をしても駄目だ・・一度休憩することに
思いつく限りの方法を試し、失敗してきた私は、かなり諦めモードに入っていました。
強化子を使用しても駄目、環境調整してもダメ、罰を使用しても効かない。
おしっこに関しては出来るプロンプトに限界があり、水の流れる音を流す音声プロンプトや下っ腹を少し押す身体プロンプト程度で、実際に膀胱の筋肉を動かしてあげることは出来ません。1週間つきっきりでトレーニングする方法も紹介されていますが、夫婦共働きでそこまでの余裕はありません。
本人も辛そうだし、私も辛い。専門家と相談の上、拒否反応が出ているので、しばらくトイレトレーニングはお休みすることにしました。
4歳 気分によっては自分でおしっこが出来るように
そうこうしているうちに息子は4歳になりました。
保育園のクラスでオムツをしている子供は彼一人となり、最悪大人になっても取れないのかも、と思い始めたある日、息子と一緒にお風呂に入っていたら、息子が浴室内でおしっこをしているのを見ました。
お風呂が大好きな息子は、以前からリラックスするのか入浴中におしっこをすることはありました。しかしその時、息子は、自分でおしっこを出して、その動きを見て楽しんでいるようでした。あれ?もしかしてこの子、自分でコントロールしてる?と気付いたのです。
そこで、私はお風呂に入る時に、服を抜いで浴室に入ったらまず本人の好きなシャワー持ちたがる素振りを見せたら、「しーしてごらん、出たら貸してあげる」と伝えました。
「おしっこ」や「トイレ」という言葉を使用すると本人が拒絶反応すると考えたのでわざと「しーする」と言葉を変えました。
するとなんと出せるでありませんか!おしっこ出来たら、すぐにシャワーを渡し、出たねー!!と大げさに褒め、おしっこを一緒にシャワーで流す。自然な環境下(ナチュラリスティック法)で、強化子(即座にシャワーを渡す、褒める、自分で自分のおしっこを流させてあげる)を組み込むことが出来たのです。
もちろんお風呂でおしっこをするという行為は褒められたものではありません。しかし私は、「掃除は私がしよう、それよりも今は大人に指示された時に自分の力でおしっこをするという訓練をすることが大切だ」、と考えました。
トイレやおまるだけでなくいま奇跡的に出来たお風呂でも拒否反応を持たれては困ると思い、本人の機嫌が良い日に、信頼関係が出来ている母親である私と一緒に入るお風呂でのみ、練習することにし、成功体験を積んで行きました。
スモールステップで般化を進めよう
失敗と成功を繰り返した後、成功がしばらく続いた後、私は般化を試みました。
まず人での般化として、父親である夫にも息子を一緒に風呂に入る際に排尿を促すようにお願いしました。父親のことも大好きな息子は、父親に言われても出来るようになりました。
さらに日々のABAセラピーの中でトイレトレーニングの時間を確保し、場所の般化の第一歩として庭で挑戦することにしました。庭で、というのは、息子はうんちをしたくなったら、わざと庭へ出て行き、木の陰に隠れてしようとするからです。息子にとって、庭は安心できるリラックスできる場所なのだろうと考えました。
ABAでは全ての課題はスモールステップに分解します。よくあるトイレの課題分析(タスクアナリシス:TA)としては、ズボンを下ろす、便座に座る、排尿する、ズボンをはく、水を流す、手を洗う、とされています。しかし「排尿をする」という部分だけにフォーカスをしてさらに課題分析(タスクアナリシス:TA)した場合、我が家の場合、まずはお風呂で、次は庭、そしてトイレ、という順番なのだと仮説を立てたのです。
庭では、「好きなところへ行っていいよ」と選ばせ、そこで「しーして、出来たらクリームのパン食べよう」とおしっこが溜まっている朝行いました。
この時に注意したのは、
1)ズボンを下ろすのは私がさっとすること(着脱トレーニングは別で行っており普段は絶対に本人自身で着替えをさせるのですが、脱ぐということ自体もまだストレスと感じるレベルであるので出来る限りリラックスした状態でおしっこに臨むようにさせたかったため)
2)同居している祖父母には声をかけないようにお願いしたこと(「こんなところでおしっこしちゃだめよ」という声かけは、トレーニング中においては本人を混乱させることと、集中力を失わせると考えたためです)
です。
また排尿中に「何してる?おしっこ」とタクトの練習を組み込みました。そのSDとプロンプトで、長男は徐々に、自分の意思でおしっこを調整できるようになり、またおしっこが何であるかを理解してったようです。
とうとうトイレでおしっこに挑戦
まずは男性トイレから
夫と一緒でもお風呂でおしっこ出来るようになり、庭でもおしっこが出来るようになっても、おまるには座るだけで泣き叫んでいました。おまるに座る、トイレに座るという行為に拒絶反応が出ているように見えたので、今度は男性トイレで、立って排尿を試みました。
男の子の場合でも今は洋式トイレで座っておしっこをするというトレーニング方法を取る場合が多いとは思いますが、我が家は古い日本家屋ですので、たまたま男性用トイレも女性用トイレもありました。
SDは「トイレ行くよ」ではなく、「しーしたらおやつ食べるよ」など強化子を組み込むことで、ここもクリアすることが出来ました。
さらに般化をすすめよう
洋式トイレ、家の外でも、他の人とでも
ここまできたらあとはもう般化を加速するのみです。今までは慎重に慎重にステップアップさせていましたが、一気に場所と人を増やしていける時期だと判断しました。
朝起きてすぐ、保育園に行く前、帰ってきたらおやつを食べる前に、お風呂に入る前に、寝る前に、と前回トイレに行った時間から1時間でも空いたら何か息子に声をかける度にトイレに誘っていました。
今までトレーニングをしていた庭やお風呂では今後しないように、そこへ行く前に済ませてから行くようにさせました。
家の外でも、レストランに行った時「しーしたらドリンクバーを取りに行くよ」や、モールへ行った時「しーしたらおもちゃ屋さんに行くよ」など積極的に誘うようにしました。
こうやって、一歩ずつ、一歩ずつ、般化を進めていったのです。
お母さん、お兄さんパンツ持ってきてください
このエビソードを保育園で先生方に共有し、実際に保育園のトイレで私が息子のおしっこをしている姿を見せました。
保育園の先生方も私たちも同じようにやって見ます!とご協力いただくことができ、なんとその日は保育園でもおしっこができました。オムツも一度も濡れなかかったとのことです。
お迎えの際、
「お母さん、お兄さんパンツ持ってきてください」
と言われました。
「失敗するかもしれませんが、ちゃんと私たちが息子くんをトイレに誘います。必ずしーしてからおもちゃで遊ぼうね、と楽しいことの前に誘います」
とのことでした。
まだまだおむつを使うものだと勝手に思い込んでいた私はびっくりしました。
保育園では加配の先生についていただいていますが、いつもベッタリ面倒を見てもらっている訳ではありません。正直私自身は保育園はあまり期待しておらず、朝もセラピーを行ってから誰よりも遅く登園し、帰りも3時には迎えに行きセラピーをするという、療育は家庭でするもの、と腹を括っていました。
ABAという言葉も先生方はご存知ではいても、表面的だな、と感じることが多かったです。
しかし先生方も先生方なりに我が子のことを心配してくれていたようです。集団生活の中、加配の先生がつてくださっているとは言え、他のお子さんもまだ小さいので、息子のちょうど良いタイミングを見つけてトレイに誘うのは大変なことでしょう。それでも息子の身辺自立が進むようご協力頂けることでした。
行動の原理を理解し、ABAを使用して般化を手伝って下さることに深く感謝しました。
男の子の下着を手に取った時、涙が止まらなかった
私はいつもオムツを買っていました。
可愛いお洋服に、カラフルなおもちゃ。これらは定型発達のお子さんのお母さん方と同じように、私も買うことが出来ました。
しかし、子供服の向かいにある男の子の下着のコーナーを見るたびに、ちょっと嫌な気分になって、その棚を注視することを避けて、買い物を済ませていたのです。そしてその代わりにオムツを買って帰りました。
先生に「お兄さんパンツを持ってきてください」と言ってもらえたその日、私は店へ行きました。男の子の下着って、こんなにカラフルなんだ、色々な形があるんだって思い、手に取りながら、涙が止まりませんでした。
自閉症の子どもを育てていると、色々な困難にぶつかります。
もちろん子どもはみんな違うのだから、その成長を人と比べるのはナンセンスだって、きっとみんな頭ではわかっている筈です。でも、他の子供達より出来ることが少ない我が子を見るのは惨めで、でも自分が惨めだって認めたくなくてそんなこと思うなんて息子に失礼だって、一生懸命その気持ちに気付かないフリをしているのです。
でも、こんな瞬間に「ああ私ここに来たかったんだ」と気付くのです。
嬉しくて、嬉しくて、そして少し切なくて。
「ここに連れてきてくれてありがとう」と息子に話しかけながら。
自閉症の子でも、間違いなく成長している
以前あるお父さんが、子育てが終わった後に書かれたコラムで、「最後の抱っこ」というものがありました。
最後の抱っこは子供が親の抱っこを必要としなくなった時に終わるもので、最後の一回が必ずあるのだけど、でも最後の一回をやっている時にはそれに気づかずにやっている。だからいつもこの時間を大切に子どもと向き合おう、というものでした。
抱っこだけでなく、ミルクや、オムツ替えやなどもそうだということです。
ふと私は、息子の最後のオムツ変えを覚えていないことに気がつきました。
それは、つい数日前であった筈なのに、朝だったのか夜だったのか、家だったのか出先だったのか、それも覚えていないのです。
自閉症があっても、どんなにゆっくりでも、子どもは育っています。
自分の子どもを愛するだけでは説明できない葛藤があったとしても、今のこの時間は貴重で、いつかはきっと失われてしまう、そんな愛おしい時間なのです。
大変な育児でも、それを楽しむ気持ちを忘れないでください。
新しいスキルを身につけるポイント3つ
我が家はABA(応用行動分析学)による早期療育を取り入れています。
ABAはアメリカ等では自閉症の子供の標準治療であり、特に早期療育は様々な研究で効果があると証明されており、健康保険で受けることが出来るほど評価されています。
ABAでは、今回説明したオムツ外れや着替えなどの身辺自立を始め、会話などの言語能力、読み書き算数といった学校の勉強など、様々なスキルを教えることが出来ます。
新たなスキルを教える時のポイントを3つお伝えします。
ポイント1)とにかく様々な方法を試してみること
我が家でも様々な方法を試し、そして失敗してきました。しかし様々な方法を試す内に息子は、
座ると不安になるけど立ってなら出来る
新しいことをするときは大きな不安を感じるが一度出来てしまえば平気になる
という特徴を持っていることがわかり、とうとうオムツを外すことが出来ました。
最初からこの方法を見つけられた訳ではありません。様々な方法を試したからこそ、気付くことが出来たのです。
同じ疾患であっても、お子さんはみんな違うもの。インターネットや育児本には様々な方法が書かれていますので、色々試してみてください。きっとあなたのお子さんにあった方法が見つかります。
ポイント2)ABAの原理を利用すること
ABAの原則に、強化というものがあります。行動が起こた結果、何が起こるか、で今後その行動が増えるか減るかが決まる、というものです。
「しーしてね」と言われておしっこ(行動)をした結果、お母さんに褒めてもらえる、美味しいクリーム付きのパンをもらえるという嬉しいこと(結果)が起こったら、また「しーしてね」と言われておしっこ(行動)する可能性が増えます。この行動を増やすもののことを「強化子」と言います。
逆に、トレーニングパンツにおしっこ(行動)をした結果、蒸れて気持ち悪くなった(結果)が起こったら、今後トレーニングパンツににおしっこ(行動)をする可能性が低くなります。この行動を減らすもののことを「罰」と言います。
私たちは、この「結果」を調整することにより、よりよい行動を増やしていくことが出来るのです。
ポイント3)思い切って一度お休みすること
様々な方法を試し、ABAの理論を使用した働きかけをしても、どうしてもそのスキルを身につけられない場合、一度お休みすることも一つの方法です。
年齢が上がるにつれ、
体が成熟する(膀胱が大きくなる)
他のスキルが上がる(言葉の理解等が上がる)
これらにより、身に付けることが困難であったスキルも、時間をおいて挑戦するとあっさり出来るようになるということも多いのです。
ABAの理論を使用した療育を行なおう
Togetherでは行動の原理とABAの理論を学べるセミナーを開催しています。
ABAの早期療育は残念ながら日本では保険適応になっていません。しかし、学校でも家庭でも取り入れることが出来ます。
ぜひ、ABAを学んで、お子さんの「出来た!」を増やしていってみてください。
話題提供:米谷莉緒
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